散文つれづれ

それでも時は過ぎていくから

2017年4月16日

世界中が敵味方の色をつけたがり、時折ツイッターなどに流れてくる思想の違い、価値観の違い、優先順位の違い、支持政党の違い等々……生き方が違うということで言葉の行き違いなのか故意なのか、ひとはずいぶんと残酷に、そして嫌味になれるものだと、ぼーっと読み流していく他人の小競り合い。

 

原節子さんの晩年の画像を何枚か拝見した。90歳くらいまでの原さんは、矍鑠とされていたようなパリッとした品を感じたけど、その後まもなく、たぶん世に出た写真ではあれが最後の写真だろうと思えるその後のご様子は、どこにでもいる一回りも二回りもちいさくなったおばあちゃんだった。

時の流れ……。特に何か特別なおばあちゃんでもなく、ごく普通のおばあちゃんだった。だがそこには原節子さんは当然いないわけで……。その写真を見ながら、「麦秋」という映画の中で、台所でひとりでごはんを食べる二十代の原節子さんのワンシーンが浮かぶ。

それもこれも、「いつかの時」の、ある女性の「ワンシーン」なのだ。


 

もうすっかり日が暮れて家の前は車の通りも少なくなった頃、ドラッグストアに炭酸水を買いに行く。気休めのダイエット。炭酸ダイエットは肌がかさかさになるらしい……などとよぎりながら、あとどれくらい生きるかもわからない、残りの人生のほうがはるかに短いこの身にダイエットなど、泡沫の「刹那的で、なんと滑稽な行為だ」と思いつつレジに立つ。

 

半年前までは、このドラッグストアの前の公園でよく見かけた光景はいつの間にか消えた。駐車場に車を止め店を素通りしてスマホを覗き込みながら公園に向う若い男性。その後ろにも……。そして公園にも。ポケモンGOをしているようす。日本中、世界中、テロのニュースが毎日のように流れてくる。残忍なことが同じこの世に起きているとは思えない、ドラックストア前。

 

すべては「この世界」という万華鏡の中で起こっていることに過ぎないのだろう。

世界のあちらこちら、日本のあちらこちらのいろいろな声も、SNSでうごめく様々な抑揚の文字達も……。

そして、ドラッグストアで余命いくばくかと思いながら、ダイエットのために気休め炭酸水をもってレジに立つ私も……。

世界中で、日本で、24時間、ポケモンを追い続けるゾンビ歩きが明るいニュースと伝えられる様子も、私の足元に顔をぴたっとつけて寝言で吠えながら眠る子犬も・・・。

すべては、万華鏡の中で、泡沫の刹那的なダンスを踊っているにすぎないのだ。

 

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  1. はじめまして。ブログ村から参りました。

    お邪魔しましたのは、私のブログも「心の風景」というからです。最新の記事5本ほど拝読しました。「仏教的生き方」にふさわしく無常観のようなものが感じられました。

    >すべては、万華鏡の中で、泡沫の刹那的なダンスを踊っているにすぎない

    私も、そのように思っている部分はあります。例えば人間関係は大切にしますけど、はかないもので、本物かどうか分かりませんし、いつ消え去るかも分かりません。だから執着しないようにしています。とは言え、そういうことをブログに書くと、寂しい気持ちになる人もいるかもしれないと思いますので、普段は余り触れませんが・・・。

    それでは失礼します。

    1. 萩野誠人様

      コメントありがとうございます。

      とても心に響く共感するコメントでございます。

      >例えば人間関係は大切にしますけど、はかないもので、本物かどうか分かりませんし、いつ消え去るかも分かりません。だから執着しないようにしています。とは言え、そういうことをブログに書くと、寂しい気持ちになる人もいるかもしれない

      そうですね。

      日ごろ「無常観」のようなものを人とのかかわりの中で口にしたり態度にしたりはしませんが、そうして人様に気遣うことさえも、万華鏡の中の色紙やガラス球のシャラシャラ動く様のようです。「ひとときの刹那なダンスのステップ」のように感じます。

      こんなことばかり言っていては、世捨て人のような印象しか抱かれないだろうとは思っていますが(苦笑)

      >「そういうブログ」には寂しさを感じる人も・・・

      そう。そうでしょうね。ひとは見たいものだけ見たいのです。寂しくなるから。

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