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クロスステッチは時をチクチクと刻んでいるようなもの

2017年5月25日

 

ただ、ひたすら

無心にチクチクしても、

必死に根を詰めてチクチクしても、

ありの一歩と変わらないほど

なかなか進みません。

 

 

人生を、このように

一瞬、一瞬、丁寧に、時間を埋めてきたら

きれいな絵巻になっていたのでしょうか。

今更ながらに、

過ぎた過去を、チクチクと丁寧に埋めようとする気持ちが

どこかで働いていたりする……気もするし、

これからの、残り少ない日々を、

チクチクと、丁寧に埋めていこうとする気持ちが、

どこかに働いているような……気もするし……です。

 

あと10年。

生きるかな?

 

10年はあっという間です。

 

10年ということに理由はあるけど、

それは、また別の機会に書くとして……。

 

10年は、あっという間です。

 

30歳を過ぎたら、あっという間に20年くらいすぐ。

そのあとの10年は、3年くらいにしか感じない。

 

「時」など

あってないようなものと思えば、むしろ大切にできる?

 

では、そのあとの10年は?

 

このひと針ひと針は、365日のようかも……。

時間はあっという間。

人生の最後のお供は、

決して裏切ることもない、

疑いもなく私を頼る、この子たち。

 

「おかあさんより一ヶ月だけ早く死んでね」

と、縁起でもないことを言い聞かせている日々。

 

「おかあさんよりあとに死んだら、つらい思いをするかもしれないから」

「おかあさんより、一ヶ月だけ早く死んで、お母さん迎えに来てね」

日々、語りかけています。

 

残酷でしょうか?

私たちは愛情でつながっています。

 

この子たちは、私がいなくなれば、

生き残るほうが、残酷でしょう。

 

 

誰も、この子たちに、愛情をもっているひとはいない。

里親を探すこともなく保健所に連れて行かれるか放置されるはず。

 

↓裏を見ればどれくらい進んだかがわかります。
まだまだです(笑

毎日、私の手元に長い時間ある刺繍や刺し子の布は、

この子たちにとっては、よほど興味があるものであり、

「お母さんが大事にしているもの」なのですね。

 

幼い子が、お母さんの口紅をちょっといたずらしてみるような感覚。

広げると、さりげなく、必ずこうして乗ってきます。

 

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犬猫に死ねといってるのか?とコメントもらっても困るので、一応書いておきますが、この子たちの寿命くらいまでは、生きるつもりで頑張っています。

もしも、命に「意味」や「目的」があるとすれば、

この子たちの存在が、唯一の私の生きる糧です。

 


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  1. はじめまして~
    過激な記事でお騒がせしております~

    私は愛犬サクラを1チ年前のバレンタインデーに亡くしました
    それはそれは悲しい出来事で 立ち直れませんでした
    しかし此れも彼女のプレゼントだと思いなおして 頑張って生きています
    でも未だに思いで達が残酷に溢れて来て号泣する事も在るんですよ

    歳をとると時の流れが速く感じるようになりますが 此れは好奇心が薄れてきたからだと思います
    だから一生涯少年の心をもって生きています  毎日が輝いていますよ
    過去は変えられませんが 今は選択できます  其れが唯一 未来を変える方法だと感じております

    1. コメントありがとうございます。
      どうお返事を書いたらいいか、ちょっと迷いますが・・。

      私も犬も猫も飼っています。家族だと思っています。

      しかし、自分が生み育て、さまざまな時と心を重ね葛藤してきた「人生」は申し訳ありませんが、いくら犬がかわいくても、同列に考えることはできません。

      あくまでも、私は・・・ですが。

      すてきなお気持ちをお持ちになり輝いて生きていけると言い切れるのであれば、それはそれで幸せなのではないでしょうか。

      人にはそれぞれ、抱えてきたもの、抱えているもの、拭えるもの、拭えないもの、美しいと感じるもの、感じないものがあります。「過去はかえられないけれど未来はかえられる」そうは思っていません。これはケースバイケースでいえることと思っています。

      また、そう思えるうちは大丈夫かもしれません。今思う未来とは、幻想に過ぎません。あるいは過去も幻想かもしれません。

      「時間が短く感じる」のは、詳しくは申し上げませんが、それなりの理由があって書いていることです。一行のフレーズに、私の人生の千の言葉、万の言葉が並んでいるとお考えください。

      しかし、そんなことは他人にはどうでもよいことですから。

      結局は、

      「今、ここ」

      それだけが、人が唯一大切にしていくものと考えています。

      「今」の積み重ねを生きる以外、人にはできないのです。
      「生きる」という実態そのもの、幻想かもしれませんよ。

      しかし、あなたがおっしゃること、お考えになっている心構えというか、ポジティブなお気持ち、
      そのようにして生きていくことが『よいこと』とされるのが今の大勢に流れている価値観であり、それをよしと思えるならそれはそれで幸せなことです。

      「唯一」とは、「今、ここ」しかないと考えて毎日の「今」を生きているのが私です。

      コメントありがとうございました。

      ただ、愛犬さんのいなくなった悲しみがよみがえることもあるとのこと。そのお気持ちは理解できます。可愛がっていたのでしょう。私も我が家の犬も猫もカワイイ子供たちです。

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