季節 | 霊とかあの世とか

「想い」が近くに…。お盆がやってくる

2017年8月8日

今年ももうすぐお盆がやってきます。

うちの仏様は、常に、こまめにあの世とこの世を行ったりきたりしている気がしてしょうがないのです。

 

幼い日に教えられたお盆はクリスマスのように素敵なイベント

「お盆になると帰ってくる」

とか、

「新盆の新人は、お留守番だから一年目は帰ってこられない」

とか、

「迎え火を炊いて、ご先祖様が迷わないように、この明かりで導いてあげる」

とか……。

子供の頃は、よく祖母や、祖父にそのような話を毎年聞かされたものです。

そうして自然に、難しいことは抜きにしても、心で覚えて言った「お盆」の意味と、命(ご先祖様)への思い。

「そんなことは迷信」

「死んだら、土になって終わり」

「幽霊なんていない」

そういうことを言う大人もいました。

 

 

私は、ちょっと変わった子供だったので、お盆について聞かせてくれる祖母たちの話は、まるで、サンタクロースがやってくる話と同じようなベクトルで受け容れていたのです。

 

もちろん、真っ暗闇で、死んだはずのご先祖様が、ぬーっと出てきて、覇気の無い表情で、そこに座られていたら、怖いと思ったかもしれません(笑)

しかし、言葉にはならない、なにか「凄いこと」のように感じていました。

 

変わった子供・変な子供

 

「この世以外の、どこかに別の世があって、そこにも人が住んでいて町があって、暮らしがあって、死んだ人たちは、みなそこで暮らしていて、お盆になるとやってくる……」

そんな漠然とした意識だったのです。

二度と会えなくなってしまっても、骨になるまで見送った人であっても、生まれる前に、すでに死んでしまった先祖でも、思慕と感謝をこめて、丁寧にお迎えする、思い出す、おもてなしする、そんな準備をする行事とは、なんと素敵なことなのかと考えていたのです。

でも、そういうことを、両親や祖父に言うと、いつでも笑われました。

幼稚園児の頃も、小学生の頃も、お盆になるたびに、そんな想いを父母や祖父母に話していたのです。

「この子は変わってる」

「そんなことばかり考えてると、じーちゃんが帰る時、一緒にあの世に連れて行かれてしまうぞ」

「なんでこの子は、こんなことばかりいつも興味を持つのか」

「狐でもついてるんじゃないか」

 

それでも、祖母は、

「みんな、お前に会うのが楽しみで帰ってくるんだから、喜んでるよ、きっと。いつもそんな風に、楽しみに待ってるんだからな、いい子だなぁ」

と、笑顔で答えてくれたものでした。

 

そんな幼い日の想像・妄想・連想が、事実だと、ずっと思い続けることができたほうが、幸せだったかなとも思いますが、大人になれば、そういうわけにもいきませんね。

 

少しずつ、人は変わっていきます。

しかし、だれも言葉にしない心の奥底にある「想い」の交信は、あるような気がしています。確かに伝わっているように思うのです。

 

最近は、量子力学などに興味があって、時々、そんな動画や本などを読むことがあります。

大昔から、伝承されている様々な、霊的な話は、どこか言葉と表現は違えども、折り合いがついていることが多いように感じています。

「想い」をこめて、「感謝」をこめて、「愛情」をこめて、

「お盆がやってくるよ」

「あの子の好きだった花をたくさん供えてあげよう」

「母が好きだった白玉だんごを作ってあげよう」

「父が、最後に食べたいと、蚊の鳴くような声で言ったスイカを供えてあげよう」

「祖父が好きだったうなぎ・・・うなぎは無理」

などと考えながら、みんなが帰ってくるんだという想いが

伝わっていくと感じています。

 

お盆前に、またお寺へ

 

お盆はお寺もお忙しいので、

私はいつも、その前にお邪魔しています。

明日あたり、お電話をしてみようと重います。

お寺のトイレ用のふきんがまたたまりました。

刺し子は、私にとって、ひと針ひと針が写経と同じです。

 

今回、もって行く雑巾

 

 

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